
「かんねさん」は、なかなかとんち者で、こすっからい(欲張りでずるい)人である。江戸時代に唐津城下の裏町に住み、得意のとんちで悪知恵をはらたかせては他人をだまし、からかい、わるさをするのだが、なぜか人々に愛される。
かんね話は口づてに語り継がれ、筆者も子供のころ祖母から幾たびも聞かされてきた。劇や映画や文学が高度に複雑化した現代から見れば、実にたわいのない、単純な話も多い。しかし、軽妙な唐津弁での語りには、人々がまだ時間の流れとともに生活していたころの、純朴で豊かな人情味があふれている。

かんねさんは、いつもひどい貧乏暮らしでした。ご飯を炊いたり湯を沸かすには薪のいるのですが、その金も無いのです。
ところで毎年秋になると、唐津の町には、松葉売りがやってきます。松葉は『たきつけ』と呼ばれて、当時火を起こすときの着火剤としていたもので虹の松原から掻き集めたものですが、殿さまから地元の鏡村の百姓だけに採集権が与えられているために、値段を高々とふっかけている者もいたのです。だからかんねさんは前々から、この松葉売りをなんとか懲らしめてやろうて思っていました。
ある日、かんねさんが出かけようとしていたら、ちょうど
「松葉はいらんけー」と言って、馬車に山のように松葉の束を積んで、松葉売りが来ました。
「安かなら買おうで。いくらナ?」
松葉売りも、かんねさんがこすかっらく、いつも思いっきり値切ってくるものですから、はじめから少し高値で
「一束十五文。こんどは一文も負けんバイ」と、強気です。
「そらむちゃくちゃ高っかバッテン、良かたい。買(こ)うちゃる。オイは急ぎん用ンあるケン、銭は後で払うちゃるタイ。五束ばかり、裏ン小屋に入れとってバイ」
そう言うとかんねさんは、さっさと行ってしまいました。
「なんと、こぎゃん簡単に儲けてよかっちゃろか。キツネにつままれたごたる」と言いながら、松葉売りはいそいそと、かんねさんの小屋ン中に、松葉を置いていきました。
ほかを売り歩いたあと、松葉売りがかんねさんの家に集金に来ました。
「十五文の五束じゃっケン、七十五文になるバッテン」
「何のこつな」
「とぼけたらいかん。松葉ン代金タイ」
「ああそうか。バッテン、おら五束貰うて、言うたよなあ」
「そんけん五束置いていったろうが」
「またうっさごつ(うそ)言うたらいかん。あら一束分しか無かバイ」
「なんば言いよるね。あぎゃん狭か路地ば運ぼうてにゃ、あっちつかえ、こっちつかえて、束ン崩れてえらい目におうたとバイ」
「うんにゃー、どやん見てン五束ぶんもあるごちゃー思えんバイ」
そして松葉売りは、やむなく小屋の中に散乱した松葉を、大汗をかいて五束に縛りあげました。
そうしたら、かんねさんは
「えらい束ン細(こま)かごたるね。外で見た時は、こん倍も太かった。すまんバッテン外でも一回、束ねてみてくれんケ」
松葉売りは、もう泣きべそかいて、
「しゃんこつしよったら、日の暮れてしまう」と言って、銭も貰わないで逃げ帰ってしまいました。
この話を聞いて、唐津の町の人たちは大喜びしました。
そして
「やっぱ、かんねさんは、こすか」。