佐川の事件簿

1【迷宮】迷宮課刑事、佐川の活躍

2【悦楽の園】佐川が絵画から、失踪した2人の居場所を発見する

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【迷宮】
 *
 僕は刑事で、迷宮課を担当している。実際にはそのような課はない。事件の中で、そろそろ迷宮入りしそうな事件の最後をみとる仕事である。迷宮課に送られた事件は、特に解決のめどが立っているわけではない、というより、最後に特別な捜査をやったが、だめだったという理由付けの意味が大きいかもしれない。
 **
 「来たよ」と言って、課長が僕の目の前にファイルが投げた。「来たよ」というのは迷宮事件が来たよという意味である。漫然とファイルを開いてみた。被害者は笹田一男(24才)。もちろん、写真を見てみたが覚えはない。腹部を刺され、波止場から突き落とされた。殺人の時効は15年だから、今は39才で、僕と同じ歳である。
 同じ歳だと思うと、どこかで接点はないかと思い。彼の顔を見るが、特には浮かばない。笹田の経歴を見る。
 「あれ・・・」
 「オレと同じ高校校出身じゃないか」
 笹田は僕と同じ高校の同窓か。
 「笹田・・・ササダ・・・ササダ・・・サ・・サ・ダ・・」
 何かひっかかることがある。何だろう。
 「佐川。女から電話」
 「もしもし、佐川です」
 「川島ですが。わかる」
 「川島・・・、まさか、高校の同級の川島さん」
 「ええ、そう、今日こちらに来る用事があったものだから」
 「少し、時間がありませんか」
 急に川島から電話とは、不思議だ。まあ、川島と会うこと自体は、別に嫌ではない。どちらかというと、願ったりかなったりという感じである。なぜなら、川島は学校でも一番の美少女であった。同窓会以来だから、5年ぶりの出会いである。
 ***
 川島と20時に居酒屋で待ちあわせた。
 「急にびっくりしたよ。どうしたの」
 「特別の用というわけではないけど、ちょっと思い出して・・・」
 「そうだよな。特別というわけではないだろう・・・けど」
 川島と、とりとめのない話をした。
  ・・・・・・・・・・
 「笹田くん覚えている?」
 「笹田というと、あの殺された笹田」
 僕は、笹田の名前が出た時点で、なんとなく、川島の目的はここにあったように思った。
 「佐川さんも刑事だから、あの事件迷宮入りなのかな」
 「そうだな・・・多分迷宮入りだろうね・・・」
 「そう・・・迷宮か」
 川島は、しばらく考えるようにして、だまってしまった。
 僕は少しさぐりを入れてみた。
 「川島さんは笹田のこと知っていたの」
 「そうね。知っている。
  殺人事件は時効は15年よね。もう、あの事件も時効よね」
 「あと、3ヶ月で時効になるね」
 また、川島は黙ってしまった。
 「川島さん、君は何か気になることがあるのじゃない」
 川島はしばらく、宙を見ていたが、意を決したように話しだした。
 
 *川島の話1*
 高校の同級生で山元君覚えている。
 山元で思いださないなら、「ヤマゲン」だったらどうでしょうか。
 実は、私は高校2年の夏休みからヤマチャンと交際していました。私はヤマチャンと呼んでいました。学校では、普通の友達風にしていたけど、彼の家に遊びに行ったりしていました。
 彼は表現が普通なんだけど、とても優しく、私のよき相談相手でした。いろいろな愚痴も聞いてくれたし、私にとっては、とっても気の休まるタイプでした。今で言う癒し系なのかな。今の高校生には考えられないかもしれないけど、サイクリングに行ったりして、私が手作りのお弁当持っていって、食べたりして楽しかった。
 もちろん、処女は彼にあげたけど、今じゃ、こんな感覚古くさいよね。
 川島は、そこまで話すと黙ってしまった。
 川島の頬には一筋の涙がこぼれていた。
 ヤマチャンは優しくて、思い遣りがあって、結局、私は、彼を越えるような人には出会わなかった。ヤマチャンは優しいから、彼に甘えてしまったり、時には、彼に八つ当たりしてしまって、彼を困らせてしまったこともあった。
 彼は成績が優秀だったから、彼から勉強も教えてもらった。
 ・・・・
 でも、ある時から・・・彼が私を無視するようになってしまった。
 その理由がわからなくて・・・・
 そして、・・・
 また、川島は黙ってしまった。
 ヤマゲンはそう、高校を卒業した春に自殺した。
 僕たちには、なぜ、彼が自殺したのかわからなかった。
 ヤマゲン・・・の自殺と川島にはどんな関係があったのだろう。
 それと笹田の関係は・・・。
 川島は、別の店に行こうと言った。
 僕は行きつけのジャズバーをめざした。
 *川島の話2*
 ジャズバーの奥の席に座った。川島はロングカクテルを注文した。
 4ビートのスタンダードが流れていた。
 高校3年の夏。
 私は、意味もなくヤマチャンから無視されてしまった。
 電話しても・・・沈黙・・・。
 私は・・・何がどうなったのかわからなくなった。
 私は落込んだ。
 そんなとき、笹田さんが声をかけてきて、笹田さんの優しさが私の心にしみた。
 私は笹田さんに身も心もゆるしてしまった・・・。
 
 でも、交際するうちに、笹田さんのずるさとか、人間的ないやらしさを感じてしまった。それは、ヤマチャンと比べることで際立ってしまった。
 自分自身、嫌になって、自然と笹田さんからも離れてしまった。
 ヤマチャンは、成績も下がってしまって、生活もすさんでしまったようなことは聞いたけど、もう、2度と私に近寄ってくることはなかった。それは、彼の潔癖性なんだろうと感じていた。
 そして・・・・、卒業した春に自殺してしまった・・・。
 あんなに  いい人が・・・死ぬなんて・・・
 そのとき 私の中で、何かが崩れた。
 電話で友人から、山元さんの自殺を聞いたとき、放心しました。
 外で、6時のサイレンが鳴った。その音が私の心の底に残ったのです。
 サイレンの音が・・・いつまでも・・・。
 それでも、私には、どうして急にヤマチャンが自殺したのか、そもそも私を無視したのかもわかりませんでした。謎のままヤマチャンは死んでしまった。この世から消えてしまったの。
 それから、6年後、郵便局から電話があって、「実は、たいへん申し訳ないのですが、誤配された郵便物があって、そこの方が6年間ほったらかしにされていたそうです。ふとしたことで、この郵便物に気づかれて、先程、もって来られたのです。それで、申し訳ありませんが、只今から配達します」
 6年ぶりのヤマチャンから私への最後の手紙を読みました。
 
 川島はバックから手紙を出して、僕に読むようにすすめた。
 *山元の手紙*
 卒業式が終わり、すでに新しい生活への希望をいだいて4月を迎えようとしている人が多いでしょう。この高校3年間で、一番の思いでは川島さんとの出会いでした。
 川島さんとの思いでだけが、僕の高校時代の最良のものであり、同時に僕の人生において最大の幸福な時期だったでしょう。君とのサイクリングで山沢湖に行ったけど、そこで話したこと、僕の知らない様々な人間模様など聞かされて、人間の二面性にも気づかされました。そのとき、人間とは、いかに汚いものかと思ったことがありました。あの時の手作りのお弁当の味が忘れられません。
 さて、実は、卒業したことだし、話しておくべきことがあるように思ったものですから、このような手紙を書きました。
 夏休み前のある時期から、僕が君を無視をしたように思っているかもしれませんね。多分、そのように見えたでしょう。これは、無視ではないのです。
 7月になったすぐの土曜日、笹田が勉強を教えてというものだから、笹田の家に行きました。笹田の家には君も知っている同級生の女が二人来ていました。僕は笹田だけだと思っていたから、ちょっとびっくりしました。最初は4人で笹田の部屋で勉強していたのですが、そのうち、笹田がビールでも飲もうかと誘って、ビールを飲んでしまった。すると、勉強も別々の部屋でやったほうが進むだろうというので、僕と女がペアになって、笹田の空き部屋になっている兄の部屋に行きました。
 それから、つい、普段飲まないビールを飲んだせいか、僕は、そこで女を抱いてしまった。そこへ、突然、笹田がやって来て
 「ヤマゲン お前も 真面目だけかと思っていたが、けっこうやるもんだね」
 「これじゃ 川島にあわせる顔ないね・・・・いや、まいったな」
と言って、僕をネチネチと見ていました。
 僕はたまらなくなって、笹田の家を飛び出ました。
 それ以来、僕は何に対しても無表情になってしまいました。
 それは、君に対しても同じでした。
 君を無視したわけではないのですが、結果的にはそうなってしまった。
 かつて汚いと思った人間に自分もなってしまったと思いました。
 僕は、学校で無表情でいることで、やっと、そこに居ることができました。
 家では、逆に、そのストレスのため暴れました。
 母の僕を見る目は明らかに変わりました。
 父は黙って無視するだけです。
 家で、今まで飲んでなかったアルコールに手を出しました。
 それでも、僕が裏切った君のことを考えると、胸を掻きむしられるような感じがしました。どうして、あのとき、君以外の女を抱いてしまったのだろう。
 さらに、追い討ちをかけるように、君が笹田とつき合い出したとき、僕は半狂乱のようになって、自分の部屋のもの全部壊しました。教科書もノートも破り捨て、ベッドは包丁で切り裂き、バットで壁をたたき壊しました。
 ウイスキーをラッパ飲みして
 深い・・・自己嫌悪の世界に落込みました。
 もちろん、成績は下降の一途で、生活はすさみました。
 それでも、学校では無表情を通しました。その頃の僕を撮った写真がありますが、これを見ると、この男の裏に潜む暗黒を感じさせ、誰もがぞっとしてしまうでしょう。
 このような僕が、今回、弁解がましいこのような手紙をだすことを許して下さい。
 最近、やっと、暗黒から這い出す自分を感じています。
 追伸
 あなたの感情を害するものであれば、破り捨てて下さい。
               19××年 3月25日
                        山元純一
 *******
 僕はこの手紙を読んで、底なし沼に片足だけ踏み込んだような感覚・・・バランスが悪く・・・ヤマゲンの暗闇を見た感じがした。
 これって、自殺の6年後に君が受け取ったのか。
 もし、これをそのときに受け取っていれば、彼の自殺は防げたであろう。
 誤配さえなければ・・・・。
 ヤマゲンの人生も変わっていただろう。
 「びっくりしたよ。そうだったのか」
 川島は僕をぞっくとさせるような目で見つめて、話しだした。
 *川島の告白1*
 私は、6年間もこの手紙を保管した人が憎かった。もっと早くこれを郵便局に届けてくれれば、いや、連絡さえしてくれればと思いました。
 それで、つい、郵便局まで行って、誰が届けたのかを尋ねました。
 「すみません。名前は聞き忘れました」
 「そうね、20代の前半くらいかな・・・男で・・・」
 「そうそう首の所に大きなホクロがあったよ」
 私は、それを聞いて、すぐに笹田を思い浮かべました。笹田は首のところに大きなホクロがあって、それを気にしていました。
 そういえば、そのころ・・・卒業して・・・4月前に一度、笹田が来ました。
 私はその頃アパートに住んでいましたから、郵便受が1階にあって、私のところの郵便受を見て、山元さんからの手紙を抜き取ったのだと思いました。
 でも、6年間ヤマチャンの自殺に悩んだ笹田は、その手紙を郵便局に届けたのでしょう。
 「笹田は読んだのかな。手紙」
 「・・・多分・・・読んではいないでしょう・・・」
 「郵便受から取ったものの、読むのがこわかったと思います。しかし、この手紙をいつまでも持っていることは、自分がヤマチャンの怨念から抜けきれないように感じたのでしょう。かといっても燃やしたり、捨てたりすることもできずに、結局は誤配ということで郵便局に持っていったのでしょう」
 僕は煙草に火をつけた。煙草の煙越しに見える川島は相変わらずの美人である。大人の色気が漂い、その表情には、まだ秘密めいた香をただよわせていた。
  *川島の告白2*
 私は許せなかった。笹田を。
 もし、あの時、笹田が手紙を抜き取らなかったら、ヤマチャンは自殺しなかった。
 そう思うと、私は許せなかった。笹田が。
 そう思っていたときに、笹田の方から連絡があった。多分、ヤマチャンの手紙を読んだ私の反応が気になっていたのでしょう。
 私は、彼を殺そうと思っていました。睡眠薬とナイフを用意しておきました。彼の居ない隙に、飲み物に睡眠薬を混ぜました。彼はふらふらとしだしたけど、やっぱり、殺す決意ができなかった。
 そのとき、どこかが火事だったのでしょう。サイレンを鳴らして、ひっきりなしに消防車が通りました。その時、私の中で、彼の自殺報告を受けた時のサイレントの音と重なったのです。フラッシュバックするように、私の中で再び、激しい怒りが込み上げてきて・・・ふらふらになった笹田をナイフで刺して・・・波止場から投げ捨てた。
 私は多分、捜査線上に登らなかったでしょう。彼との関係は、高校時代に1ヶ月ほどつきあっただけ、仕事の関係で電話することはあっても、今回のようにプライベートに会ったのは高校以来だから・・・。
 今日の事件ファイルを見るかぎり、川島の名前はあがっていない。
 「川島さん 僕は今、迷宮課といって、迷宮入り事件の最終の処理をしているのです。それも、僕の所の課に来るのは、もう解決の見込みのないもの。笹田の事件も迷宮ですよ。あなたが、自首しなければ・・・」
 ****
 最後にひとつだけ、言い忘れていたことがあったわ。
 彼を刺した後、よくよく彼の首をみたのだけど・・・
 ホクロが消えていた。
 郵便局に届けた人は笹田じゃなかった。
 笹田のお葬式で聞いたら、彼、気にしていたから、2年前にホクロを消してうたそうなの。
 僕は煙草の煙が換気扇に吸い込まれるのを見ながら
 「手紙の誤配の偶然、ホクロの偶然、サイレンの偶然・・・・」
 「この事件の真犯人は偶然です。川島さんあなたじゃない」
 ジャズバーでは季節外れのマイファニーバレンタインが流れていた。

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【悦楽の園】
 *
この事件を解決するために大きな役割を果たした。
ヒエロニムス・ボッスの【悦楽の園】をできればご覧下さい。
http://sunsite.dk/cgfa/bosch/p-bosch29.htm
 **
 迷宮課の佐川は、一つの事件を終わらせたところであった。といっても、時効になり迷宮入りしただけである。
 佐川は、いつも迷宮事件ばかりをあつかうわけではない。今日、家出人の捜査依頼があったが、警察は事件性がなければ捜査に着手することはない。たまたま、家出人捜査の依頼者が、佐川の知り合いであったから、ちょっと、この話に首をつっこんだわけである。
 「課長、次の仕事は、まだなんですよね」
 「この世から葬儀屋がなくならないように、迷宮事件もなくならない。しかし、仕事は1週間後だ」
 「それじゃ、少し、人捜ししますから。今、解決しなくちゃ、そのうちここにまわってくるから。早期解決です」
 「佐川、携帯切るなよ」
 ということで、僕は1週間は暇である。それを利用して、家出人探しでもするか。
 *依頼*
 秋山美香(17)が失踪したのは、2日前のことであった。高校3年生で、成績は中の上で、国立の教育学部をめざしている。両親が来て、警察に娘の失踪の件を話している。
このようなとき、父親は役に立たない。娘のことを何にも知らないのである。母親が話している。
 「2日前の夜9時30分くらいから、居ないんです。
  メロン切ったから呼んでも、降りてこないので、2階の美香の部屋に行ったら
  誰もいないのです」
 突然の家出というか、失踪である。
 美香の母親は綾子というが、高校の時のクラスメートであった。綾子は、そのころから目立った美人であった。大学に進学し、学生時代に付きあった先輩と卒業と同時に結婚した。そういうことで、印象に残っていた。
 *美香の部屋*
 僕は綾子と美香の部屋に行った。
 美香の部屋は、特に変わったことはなく、女子高生の部屋という感じである。棚にはCD・漫画本・雑誌などが並べてある。机には、教科書やノートが整理されている。写真立てがあり、その写真を見る。
 「美香さんかな」
 「そう、美香です」
 小さいころに、一度、見たことがあるが、女子高生になった美香は綾子に似て美人であった。とても、ふらっと理由無しに家出するようには見えなかった。
 壁にはタレントのポスターが貼ってあった。
 「あれ、この絵は・・・悦楽の園」
 僕は、この部屋で感じた異質な空気はこの絵から来ていると察知した。
 全体的に統一した雰囲気の中で、この壁に貼られた【悦楽の園】は異様であった。
 【悦楽の園】はおびただしい裸の男女が地上で繰り広げるエロスである。
 「綾子さん この絵はいつから貼ってあったんですか」
 「そうね・・・2ヶ月ほど前かしら・・・」
 「私も変ねと思って、どうしたのこの絵は・・・と聞いてみたんです」
 「でも、だまったままで、何にも言いませんでした」
 「携帯はもっていましたか」
 「携帯はいらないと言って、持っていませんでした」
 「最近の高校生にしては珍しいね」
 
 テーブルの上に、パソコンがあった。
 これ、ちょっと見てもいいですか。
 パソコンの電源を入れる。
 「プライベートなことですが、美香さんの電子メールを読んでいいでしょうか」
 綾子はちょっと考えたが
 「こういう場合ですからどうぞ」
 たくさんのメールのやりとりがあった。
 僕はその中で、宮川竜彦という男が気になった。
 宮川は、美術関係の大学生のようだ。メールの内容も他のメールと違って、ちゃらちゃらした感じはなく、しっかり書いてある。例の【悦楽の園】は彼が美香に教えたようだ。美香は竜彦へのメールでは、他のメールよりも真剣に書いていることが伝わる。
 竜彦の最後のメールは今年の10月4日で終わっている。
 *竜彦のメール*
 決行するよ。今日、【例のところ】で21時30分。
 入り口で待っているから。
      タツヒコ
 最後のメールはえらく簡単なものであった。
 【例のところ】というものは、どこだろう。
 他のメールを見ていたが、【例のところ】という記述しかなかった。
 「綾子さん 【例のところ】に何か気づきませんか」
 綾子には、まったく心あたりがない。
 
 佐川は行き詰まった。【例のところ】の入り口・・・で・・・待っている。
 建物だろうか。何かの門だろうか。
 【悦楽の園】は2ヶ月前から貼ってあるとして、その頃のメールを開いてみた。
 竜彦のメールに 「Red Featherに居る」 という記述があった。
 Red Feather・・・赤い羽根・・・これは・・・
 ここ付近で、赤い羽根という地名は・・・
 「綾子さん 赤い羽根という地名ありますか。この付近に・・」
 「ないわね。・・・・あっ 赤羽根病院ならありますけど」
 「赤羽根病院」
 多分、【例のところ】は赤羽病院・・・・。
 「綾子さん 赤羽病院に行きましょう」
 *赤羽病院*
 赤羽病院は、旧館と新館の病院が増築された病院である。すでに、旧館は使われていない。
 入り口の横にロビーがあった。そこが、待ち合わせ場所なのか。
 受付で、警察手帳を見せた。
 「すいません。10月4日の午後9時30分ごろ、このロビーで17才くらいの女性を見ませんでしたか。これが写真です」
 受付嬢はしばらく、写真を見て
 「ああ、その日は、わかりませんが、ほぼ毎日、ここに来て宮川さんと話していました。なんだか、恋人どうしのような雰囲気でした。でも、いやらしさとかなくて・・・」
 「何か言いにくいことでもあるのですか」
 「ええ・・・、主治医に聞いて下さい」
 僕と綾子はロビーで待っていると、いかにも神経質そうな主治医がやってきた。主治医はまわりをうかがって、「ちょっと、こちらまで」と倉庫のような場所に僕らを連れていった。
 *主治医の話*
 主治医にここに来た訳を簡単に話した。
 「刑事さん 困っているんですよ。実は」
 「どうしたんです」
 「最近は医療ミスやら、何やらうるさいから」
 「宮川さんが10月4日の夜から居ないんです」
 「宮川さんも居ないんですか」
 「いやーー困っているんです」
 「これは内密ですが、宮川さんは、あと3ヶ月の余命です」
 「かなり悪性の病気で・・・人間はとてもいいのですが・・・かわいそうに」
 「病気を苦にして・・・どこかに行ったのではと心配しています」
 「もちろん、病院の管理責任も問われるわけですし」
 「とにかく、宮川さんの部屋へ連れていって下さい」
 *宮川の病室*
 宮川の病室は個室であった。
 中には、宮川の母とおぼしき女がいた。
 僕は、今までの経過を話した。
 「あの子はね。絵が好きで・・・いつも絵を描いていた」
 「高校3年までは、身体は調子が良くて、絵も明るい絵を描いていたけど、
  病気になって、暗い絵が多くなって・・・」
 「それでも、最近は・・・」と言って
 宮川の母はベッドの枕元に飾ってある【悦楽の園】を指さした。
 「ああいう風な男女の歓ぶような絵が気に入って、少し生きる力がわいてきたと思ったら、・・・いなくなって・・・」
 「やっぱり、寿命がもう・・・あまりないと、感じたのだろうね」
 ここまで、話すと、がっくり肩を落とした。
 僕は、【悦楽の園】を見た。そこは、確かにエロスの饗宴である。
 美香はネットで竜彦と知りあって、二人は、愛し合ったのだろう。それは、SEXを含めても、それ以上に精神的なつながりがあったように思う。竜彦は自分の命がいくばくもないということを感じていた。そこで、この【悦楽の園】を見て、自分もこの絵のように結ばれたいと思ったのであろう。美香は最愛の竜彦の死を受け止められなくて、自分も一緒に・・・。
 「心中するかも」と佐川は思った。
 佐川は自分の思いに、ドッキリした。
 「この絵のように・・・」
 「この絵のように愛しあいたい・・・」
 佐川は、絵を食い入るように見た。
 ************************
 できれば、みなさんも、もう一度、見て下さい。
 佐川刑事の気分で二人はどこにいったのでしょう。
 http://sunsite.dk/cgfa/bosch/p-bosch29.htm
 ************************
 *佐川の読み*
 佐川は、【悦楽の園】をなめるように見た。
 今日は10月6日。10月4日に二人は消えた。
 昨日が10月5日。
 「あれ・・・」
 「10月5日」
 すでに、午後7時になっていた。
 「ちょっと、部屋の電気を消して・・・」
 部屋の電気は消された。折しも、月の光が窓から侵入してきた。
 「電気をつけて」
 「そうか・・・」
 もう一度、佐川は【悦楽の園】を見た。
 「多分、あそこだ」
 *発見*
 すみません。懐中電灯とロープを用意して下さい。
 看護士がすぐに持ってきた。
 「お医者さん・・・山田先生・・・案内して下さい」
 「どこへ」
 「旧館です」
 「えっ 旧館へ」
 「正確には、旧館の屋上です」
 医者を先頭に僕と綾子、竜彦の母、看護士は旧館の屋上をめざした。
 旧館へのドアがあった。ドアに立ち入り禁止の立て札があったが、ドアはノブを回すことで簡単に開いた。山田はいいわけがましく
 「けっこう、まだ旧館に行く用事があって、鍵を掛け忘れるんだよね」と言った。
 4階まで上がっていよいよ屋上へ、屋上へは螺旋階段を上る。
 屋上は、おりしも満月の光が照らし、そこは、夢幻の世界を呈していた。
 「誰もいないじゃない」と綾子が言った。
 それは、失望の色が濃く、期待を抱かせた僕への批判がこめられていた。
 「だいたい、こんなに明るいのに・・、懐中電灯なんていらないじゃないか・・・」
 山田が嘲笑した。
 僕は「予想通りだよ」と言った。
 僕は懐中電灯とロープを持って、真っ直ぐに屋上の端に行った。
 そこには、球形の給水塔があった。
 旧館の給水塔は使われていない。
 僕は給水塔に登り、その蓋を開けた
 懐中電灯で内側を照らした。
 「あっ・・・」
 そこには、全裸の二人の遺体があった。
 二人は手をしっかりと紅い紐で結んでいた。
 睡眠薬をどこかで手に入れたのだろう。
 睡眠薬の瓶が転がっていた。
 ・・・・・・
 ****
 「佐川さん どうして、場所がわかったの」と綾子は言った。
 「10月5日は中秋の名月の日です。満月は円形だし。以前、本で読んだのです。愛は球形の中で育まれる。そのような視点で見ると、あの絵の左下の方にガラスのような球形の物体があって、その中に男女二人がいる。そのような場所を考えたのです」
 「円形の満月に照らされ、誰にも邪魔されずに居れる場所。二人にとって、絵の中の世界のようにまさに【悦楽の園】は球形の屋上の給水塔以外にはないだろうと、そう推理したのです」
 それに、あの中に遺書がありました。
 ご両親様
 私は【悦楽の園】の中の男女のように
 永遠に結ばれます。
 ガラス製ではないけど
 この鉄製の球形の表面を通して
 月の光が私たちを照らすのを感じます。
 二人は永遠に結ばれました。
 
        美香
 
 佐川は、【悦楽の園】を見ながら、エロスと死の境界線を考えた。
 煙草の煙が目にしみた。

              junhigh

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